彼に忖度してカカオ豆を贈った日
2月14日はバレンタインデー―――
こんばんは、WoodLetterと呼ばれている者です。主に私が呼んでいます。
さて、2/14は俗にバレンタインデーと呼ばれる日です。一応、ご存知ない方に簡単に説明させていただきますと、「女性が男性にチョコレートを贈る日」です。
海外ではまた異なるイベントが行われているそうですが、鎖国していて他国の情報が一切入ってこないという仮定のもと、この日記は書かれているので一切考慮に入れないこととします。
もちろん、イベントごとが大好きな私も先人たちの例に習って、親しい男性(仮にR氏とします。)にチョコレートを贈ろうとしたのですが、2月に入るやいなや、R氏にこのような言葉を投げかけられました。
「お前は2月いっぱいチョコレートを俺の家に持ち込むな。」と。
衝撃でした。
確かに彼には「チョコレートを貰わない」「受け取るのを拒否する」という選択肢があるのも事実ですし、彼がその選択をすることに何ら問題はありません。
もし私がこの言葉を無視して彼にチョコレートを贈ったならば、よくて友人関係の破綻、最悪の場合には東京地裁の被告人席に座ることとなるでしょう。
この日記を読まれている方においては、彼に対して「人の好意を蔑ろにする破綻者」「対人関係を破壊することが趣味の異常者」などの印象を持たれることでしょう。
しかし、彼はそのような人間ではありません。というか仮にそのような人間だとしたら贈り物とかしません。
そこで私は彼の言葉を今一度振り返ってみました。
「チョコレートを持ち込むな……」
そうです、チョコレートを持ち込むなということは、裏を返せばチョコレート以外のモノを贈ってほしいという意味でしょう。
しかし、チョコレート以外の贈り物といわれても、このモノが大量生産され、氾濫する世の中、何を贈ろうか迷いどころです。
ん?「モノが大量生産され、氾濫する世の中……」
……バレンタインデーの経済効果はおよそ1,300億円*1(2018年7月)ともいわれています。
この数字はアマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏の総資産の0.7%に匹敵する計算となります。0.007ベゾス。
その事実を象徴するように、この時期になると、スーパーには既成品のチョコレートが溢れかえります。
普段板チョコくらいしか売っていないチープな店にも、到底似合うワケのない”GODIVA”の文字と馬に跨るレディ・ゴダイヴァの印章がまるで戦場で旌旗をたなびかせる様、不相応に輝くのはもはや風物詩となっています。
まぁ別にレオニダスでもモロゾフでもなんでもいいんですけど。あと鎖国は解けました。
彼はそんな日本の現状に一石を投じたかった―――
「チョコレートを持ち込むな」という言葉はその思いが産んだ言葉でしょう。
それならば「手作りチョコレートがほしい」とほのめかせば良いのではないかと思う方もいることでしょう。
しかし世間一般で「手作りチョコレート」と呼ばれるモノは、所詮彼にとっては「市販のチョコレートをただ溶かして固めたモノ」に過ぎないのです。
ここで念の為に申し上げておきますが、前述の意見はあくまでもR氏の意見であって私の意見ではありません。誤解のないように。
この考察から導き出される贈り物はただ一つ、そうです、
「カカオ豆から作った手作りチョコレート」です。
しかし、彼は一つ重大なMistakeを犯してしまいました。「チョコレートを持ち込むな」と。
もちろんこの「チョコレート」にはカカオ豆から作ろうが、チロルチョコであろうが何であれ含まれます。
もし、この言葉に反して「カカオ豆から作ったチョコレート」を贈ったならば、私の運命はよくて東京高裁、最悪の場合は病院であることは自明です。
そこで、一段階前に戻って「カカオ豆」を贈るのが適切ではないかと結論を出します。
早速注文をして、
届いて、
手紙(メモ)を添えて、
あとは本人に手渡しするだけです。というか今気づいたんですけど、「手作りチョコレート」より手抜きになってませんか?コレって。
まぁきっと渡される本人は多分喜んでくれると思うので良しとしましょう。ホワイトデーのお返しに期待です。
(3/15 追記)
貰えませんでした。